真っ白なホワイトボード VOL.2

~福祉をサービス業へ、世界への挑戦物語~
第1章「マイナスからの起業」
その1「佐藤が大阪に帰ってきた!」

佐藤が浜松から大阪に帰ってくるという話を木村が聞いたのは、同じ大学時代の友人からだった。

政治家の秘書をやっているとか、日本で最初のドクターズヘリを飛ばしたとか、佐藤の活躍ぶりは、遠く離れていても木村の耳に届いていた。佐藤は、何をやっても自分の周りの人に喜んでもらうことに努力を惜しまない。それを実現していく行動力に木村は “俺には逆立ちしても無理や” と感服し、大きく影響を受けてきた。木村にとって佐藤の存在は、特別なものであり、憧れともいえるものだった。その佐藤が戻ってくるというのだ。

“今度は何をやってくれるんや” そう思うと、木村は期待に胸が震える気がした。さっそく、堺の実家にいる佐藤に、連絡を取った。


「俺は政治家になる!」開口一番、佐藤が切り出した。「俺は多くの人が幸せになるための手伝いがしたいんや。その為に世の中を変えていく必要があるなら、世の中を変えていくような仕事をする。大阪に帰ってきたんはその為や。」

“こいつ全然変わってへんがな。いや、一層パワーアップして帰ってきよった” 木村はあっけにとられながらも、佐藤の強いまなざしから目をそらすことができなかった。

「俺は政治家になって、必ず世のため人のために働く。その信念をもって、今まで培ってきた経験を活かしたい。それ以外に自分という人間を生かす道は他にはないと確信したんや。」

日本の社会福祉制度の礎を築いたといわれる人のもとで薫陶を受け、骨身を惜しむことなく働いてきた佐藤である。当然の選択であり帰結であったのだろう。

“こんなに純粋に素直に夢を語る男に、自分はこれから出会うことはできないかもしれない” 自らの人を見る目に狂いはなかったと、木村の胸中にも熱くこみ上げるものがあった。

“この男にかけてみよう” と、木村は覚悟を決めていた。


情熱だけは誰にも負けない二人であったが、立ち上げたばかりの佐藤の学習塾は、あっけなく倒産した。しかし、“自分には失うものは何もない。このトンデモなくおもろい奴と、一緒に夢を実現していきたい” そう決めていた木村は、さっさとこれまでの仕事を辞めてしまった。このころの二人にとって、自分たちが歩むことになるだろう道の先はまだ影形すらなく、遠く深い霧のかなたにあったといえる。


1986年(昭和61年)、夏の暑さを断ち切るように、FAX機が一枚の紙を吐き出した。運命を変えることになるこのFAXによって、ふたりは未来への舵を大きく切ることになるのだった。

つづく

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